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“セルタォン”とは、ノルデスチ(ブラジル北東部)内奥の乾いた大地のこと。今年の上映作品の一つ、『歌え、マリア(Canta Maria)』は、その土地に生きる主人公“マリア”の恋と、彼女を愛する2人の男の生き様を描いたドラマです。荒野に吹く乾き切った風、肌にまとわりつく砂ぼこり、うだるような暑さ、ねじれゆく人間関係、そんなノルデスチの“乾き”を見事に再現した作品について、Willie Whopper氏に語っていただきました。
(text: tupiniquim)
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Tupiniquim(以下、T): この作品を観て、まずこんなブラジルがあったのかと新鮮な驚きがありました。アメリカの西部劇のようですよね?
Willie氏(以下、W氏): そうですね、日本人がイメージするブラジルというと、サッカーやサンバなどが先行しがちですので、良い意味で裏切られますね。この『歌え、マリア(Canta Maria)』は、1930年代のノルデスチ(ブラジル北東部)を描いているんです。日本でもこれまで『セントラル・ステーション』や『ビハインド・ザ・サン』、『私の小さな楽園』など、ノルデスチを舞台にした映画がいくつか公開されましたが、本作はカンガセイロ(野盗団)として有名なランピオンが土地を荒らした時代に生きた女性のお話です。
T: そう、カンガセイロとランピオンについて、予備知識があると、映画がぐっと面白くなりますね。
W氏: カンガセイロというのは、強奪を繰り返し、残虐な行為で恐れられた悪党集団として知られています。ランピオンはその中でも最も恐れられたカンガセイロです。“ランピオン”というのはあだ名で、「大きなランプ」を意味します。彼が立て続けにライフルを撃ちまくると火花が飛び散り、その様子がランプのように見えたことからそう名付けられたらしいですよ。
T: 映画の中でも、村人から恐れられる存在として描かれていますね。でもその一方で、警察部隊の追跡から、カンガセイロを匿う協力者もいますよね。それはなぜでしょうか?
W氏: 利害関係があったんでしょうね。例えば、匿ってもらう見返りとして、大地主の土地争いに加勢するなど、ギブ・アンド・テイクの関係で成り立っていたようです。ただ、協力者であることが警察にバレると、しょっぴかれて拷問されることもあったようです。
T: マリアの家族が警察に襲撃されるのも、まさにそのパターンですね。それでも支持者がいたのは不思議ですね。
W氏: ランピオンは富めるものから金品を奪い、貧しい人々に分け与えていたので、一般大衆からは英雄的な見方もあったようですね。日本でいう“ねずみ小僧”、イギリスの“ロビン・フッド”のような感じですかね。ブラジル北東部でランピオンと言えば、 シセロ神父*1やズンビ*2などと並んで、有名な人物ですが、レペンチスタ*3やコルデル*4の詩にも度々登場し、決まって正義のために戦う“義賊”として描写されています。ノルデスチの定番お土産グッズとしてランピオンはもちろん、ランピォンの妻だったマリア・ボニータのキーホルダーなども売られています。
「ズンビ」
がテーマのコルデルの表紙
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「ランピオン」
がテーマの コルデルの表紙
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「ルイス・ゴンザーガ」
がテーマのコルデルの表紙
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実在の人物や伝承文学など、色んなコルデルがある |
T: ランピオンのトレードマークは、メガネと、前と後ろのツバを上に折り曲げた皮製の帽子ですね。
W氏: ランピオンは片目でいつもメガネをかけていました。帽子は、ランピオンがフランスのナポレオンを尊敬していて、ナポレオンハットを真似たという説もあるそうですよ。それに、“フォホー*6の王様“と呼ばれているルイス・ゴンザーガ*5もこの形の帽子を愛用していますね。北東部出身の彼にとってもランピオンはヒーローであり、ランピオンを称える曲なんかも作っていますね。
少し脱線しますが、映画の作中にフェスタのシーンがありますよね?みんなが室内で踊っているシーンの音楽ですが、ここ
で演奏されているのはちょうどルイス・ゴンザーガが活躍し始める少し前の時代、現在のフォホーの原型とも言えるリズムです。バイオリンなども使っていて、フォホーにヨーロッパ音楽の影響があったことを裏付ける印象深いシーンです。
お土産で売られているランピオンと
マリア・ボニータのキーホルダー |
T: 最後に、この作品のオープニングを飾り、エンディングを締めくくる名曲について。何と、あのダニエラ・メルクリがこの映画のために書き下ろしています。この曲は『Dança Maria(踊れ、マリア)』というんですが、この曲にインスピレーションを得て、映画タイトルが『Canta Maria(歌え、マリア)』に決定されたそうです。マリアの奔放な生き方と壮大な曲がベストマッチですよね。
W氏:ダニエラ・メルクリ*7はバイーアを代表する歌姫で、90年代から、ブロコ・アフロやサンバへギ、アシェブームなどを牽引し、アフロルーツに根ざした音楽をよりポップに定着させたスーパースターですね。あのダニエラが映画音楽を担当しているのも驚きでしたね。ダニエラの息子も参加しているのですが、彼は最近ブラジルの権威ある賞を獲得したりして頭角を現してきています。これからが楽しみですね。
ブラジル北東部文化をいろんな角度から味わえ、自分にとってもブラジルを再認識させてくれる作品でした。
T: Willieさん、ありがとうございました!
「歌え、マリア」、映画祭での上映をお楽しみに!
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Willie Whopper (Que tal este? -Brasilog-) ブラジル情報フリーマガジン「Revista Mais Brasil 」編集長。
西荻窪のブラジル・スタイルのバール、Aparecidaのオーナー。
著書にブラジル音楽CDガイド「ムジカ・モデルナ」。
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参考文献・資料
『ブラジル辺境紀行‐地も涙も乾く土地‐』(高野 悠 著、 NHK出版、 1994)
『ニュー・ブラジリアン・シネマ』(ルシア・ナジブ 編、 鈴木 茂 監修・監訳、2006)
『ブラジルの歴史』(シッコ・アレンカール 他著、鈴木 茂 共訳、2003)
『黒い神と白い悪魔』(グラウベル・ローシャ監督、1964)
『アントニオ・ダス・モルテス』(グラウベル・ローシャ監督、1969)
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