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   『カフンドー ~ジョアォンの奇跡~』について、アフロ・ブラジル文化に詳しい翁長巳酉(オナガ・ミドリ)氏にお話を伺いました。
(text: tupiniquim)

Tupiniquim(以下、T):  この映画を観ると、ブラジルの宗教について知ることができますね。特に、主人公(実在の人物)のジョアォン・デ・カマルゴの夢や幻覚に登場する様々な“聖人”に興味を惹かれました。
翁長氏: そう、これらの聖人は、オリシャ*1というアフリカから伝来した民族信仰の聖霊なのです。ブラジルではポルトガルの植民地化以降、カトリックの布教活動が行われましたが、アフリカから奴隷としてブラジルに連れてこられた黒人には彼ら独自の宗教がありました。黒人奴隷であったジョアォンの精神世界のルーツは、オリシャ*1やアフリカ起源の文化にあるんですね。また、タイトルでもある“カフンドー”とはキロンボ*2の一つで、 ここではアフリカ独自の生活様式と文化が継承されているんです。ジョアォンはカフンドーに生まれ、祈祷治療する母親の姿を見て育っているように、彼の人格形成にはアフロ文化が大きな影響を及ぼしています。興味深いのは、ジョアォンは同時にカトリックも信仰していて、人生に落胆した時には尊敬する白人神父の言葉に耳を傾けたりしています。ジョアォンは“赤い水の教会”を建て、奇跡を起こした人物として知られていますが、この教会はまさにアフロ起源の宗教とカトリックの要素が混交した教会なんです。

T: なるほど、だからこの教会には、キリストの十字架の横にオリシャ聖人の像が置かれて、同時に崇めるということが可能なんですね。
翁長氏: そう。カトリックもオリシャも、聖人がいて、偶像崇拝するという点では結びつきやすかったのかもしれないですね。ただ、当時の時代背景を考えると、この状況をキリストへの冒涜と考えるカトリック信者もいたわけです。奴隷解放が宣言されたのが1888年。そのわずか20年ほど後に、奴隷の身分であった黒人が教会を建てたわけですから、白人やカトリック側は圧力をかけて止めさせようとしました。それまで、基本的人権や労働を選ぶ自由さえ認められていなかった黒人が教会を立ててしまうことがどんなに“異例”であるか想像できますね。

T: 確かに、映画を観ると自由という言葉が先行していて“黒人=奴隷”という人々の意識が一朝一夕で変わるものではないというのがよく分かりますよね。
翁長氏: もちろん、白人側からの圧力もありましたが、黒人からも、“なぜオリシャだけを神としないのか”と問い詰められるシーンがありますね。そこでジョアォンは“ここはアフリカではない。ブラジルに生きるのであればお互いが歩み寄らなければならない”と言っています。ジョアォンの精神世界が表れているセリフだと思います。異質なものを排除するのではなく、取り入れていく姿勢に、ジョアォンを慕う人々の輪が広がっていったんでしょうね。こうして次第に、様々な人種や社会ステータスの人々が教会を訪れるようになり、

本編ではカフンドーの様子が
細部まで忠実に再現されている。

赤い水の教会は
1905年に建てられた。

ジョアォンはカトリックも
信仰していた。

奴隷解放宣言直後、黒人が仕事に
つくことは難しかった。映画では
その厳しい現実が描かれる。

当初は教会を規制していた白人やカトリック側も、その存在を認めるようになります。ここにブラジルがもつ寛容さが表れていますよね。徹底的に弾圧してしまうこともできたはずですが、そうはならなかった。今日でもこの教会が現存し、ジョアォン・デ・カマルゴは聖人として人々に崇められているのですから。彼は奇跡を起こしたと言われていますが、もしかしたら、人々の願いというのは、祈りを聴いてもらうこと、それこそが一番の救いだったのかもしれません。彼が起こした奇跡と言えば、アフリカと西洋の神を一緒に崇めた点で、ブラジルという国ではそれが可能だったということ、それが奇跡と言えるでしょうね。

T: 翁長さん、ありがとうございました!アフロ・ブラジリアン宗教について知る機会はまだまだ少ないですから、この作品は見逃せないですね!
 
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ではここで、スペシャルおまけとして、映画に登場する数々のアフロ・ブラジル文化や芸能について、翁長さんに、その一部分を紹介していただきます!
オリシャ
アフリカから伝来した精神文化であり、自然崇拝の民族信仰の一種で、精霊の総称。オリシャ信仰はブラジル以外に、ハイチ(ブードゥー)やキューバ(サンテリア)にも」ある。

シャンゴー: 炎と雷の神。正義の象徴。

エシュ: コミュニケーションの神。家や村の守り神。

イエマンジャ:海の神。結婚と家族、母性のシンボル。
本編では、ジョアォンとホザリオの結婚は、
海のシーンで描かれている。

シャパナン:復讐の神。
(別名、オバルアイエ、オモルー、オルバジェ)


キロンボ
17世紀、黒人奴隷が脱走し、ブラジル奥地に作った集落のこと。
現在でもブラジル全土に数百のキロンボの残形が存在していると言われ、カフンドーはそのうちの一つ。
ソロカーバ市からさらに30キロほど奥地に位置し、現在は80人ほどが暮らしているようだ。
(写真は本編より)


また、本編ではコンガーダの祭り、ジョンゴやカポエイラの風景、ハベッカやビオレイロが街角で演奏されているシーンがあり、アフロ文化、音楽好きは要チェックです。
コンガーダ
アフロ・ブラジレイラの代表的な芸能の一つ。アフリカのアンゴラ系の女王(Rainha Ginga de Angola)とコンゴ系の王様(Rei Congo)を記念。ブラジルへ奴隷として移入されカトリックとの軋轢や闘い、洗礼などの演劇的な内容を持つ。コーヒー農園のサンパウロ郊外やミナス郊外、サトウキビ農園のノルデスチ地域に広く伝わり、コンガーダといっても場所でまったく違うようだ。コンガーダではサン・ベネジット、サンタ・イフジェニア、ノッサ・セニョーラ・ド・ホザーリオを聖体としており、5月と10月にも大きなお祭りを行う。
(写真は本編より)

ジョンゴ

(写真提供:翁長巳酉 2007年、
リオ郊外のサン・ジョゼにて)

別名「danças de umbigada」と呼ばれ、2名1組のダンサーがおなかをぶつけ合う。アフロブラジルの芸能の中でも現存する一番古い芸能ではないかと言われている。木をくり抜いた太鼓(カシャンブー、プイッタ)を使用。
現在ではグアラチンゲタ、サン・ジョゼ、セヒーニャなど数カ所でしか行われていない。



ハベッカ
バイオリン。現在ではペルナンブコ州に多く現存する芸能。

(写真提供:翁長巳酉 2005年、
サンパウロ郊外のオリンピアにて)

ビオレイロ
ギター2本での唄(詩)と演奏。セルタネージョの原型ともいわれている。

(写真は本編より)




プロフィール/翁長巳酉(オナガ・ミドリ)
沖縄出身。90年~2002年ブラジル在住。サンパウロ・リオのサンバチームで10年間バテリアでカーニバルに出場。ブラジル各地の伝統芸能の収集を始める。帰国後、板橋文夫グループでジャズフェスなどで共演。世界各地で公演を行う。2006年から、日本に知られてないブラジルの伝統芸能やアフロブラジルのルーツ映像をみずから撮影編集した「Deep Brasil」シリーズが大好評。2008年は明治大学や浜松楽器博物館、国際フォーラム、佐渡のアース・セレブレーションでも上映とワークショップを開催する。


参考文献・資料
Quebra Cabeça Brasil – Temas de cidadania na História do Brasil (Gilberto Dimenstein & Alvaro Cesar Giansanti, Editora Ática, 2003)
『Cafundó』
公式サイト。

     
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