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   今回は、リオデジャネイロの貧困層とミドルクラスの二つの世界を鋭い視点で描いた『ミゲルとジョルジ』について、ブラジルの歴史と社会を専門に研究していらっしゃる鈴木茂氏にお話を伺いました。
(text: tupiniquim)

Tupiniquim(以下、T):  映画では、50年代、70年代、現代(20004年)の3つの時代に分かれて描かれていますね。これらの時代が選ばれたことに意図があるように思いますが、それぞれの時代が象徴するものは何ですか?
鈴木茂氏: 一般的に50年代は、30年代から始まるリオデジャネイロのスラム街の黒人文化と白人文化が出会った時代の延長にあたります。それ以前にも、ショーロを通して、黒人と白人間の文化の交流は進んでいましたが、特に50年代に顕著になったといえるでしょう。今年で生誕50周年を迎えるボサノヴァが誕生したのもこの時代でした。映画の中では、ミゲルとジョルジの父親同士がサンバを通して交流を深め、“白人でミドルクラス”のミゲルと、“黒人でスラム出身”のジョルジが幼なじみとして幸せな子ども時代が描かれています。

幼少期のミゲルとジョルジ。



二つの階層の共通項。
それはサンバだった。
ジョルジの父親でサンビスタの役を、
ルイス・メロヂーアが好演している。

(本編より)

そして、次に70年代。この時代、軍事政権下のブラジルでは、進歩的な学生や中産階級・労働者らによって左翼運動が盛んに行われるようになりました。ミゲルはこの左翼運動に参加し、政治犯として投獄されます。そこで再会したのがジョルジでした。

ミゲルとその仲間。

ジョルジとその仲間。

(本編より)

T: 刑務所内では、二つのグループが対立しますね。
鈴木氏: なぜなら、それはそれぞれのグループの“ルール”が異なるから。政治犯と呼ばれるミゲルたちは、“盗まない、殺さない、マリファナは吸わない”を監房内での禁止事項としているのに対し、ジョルジの側の人間は、それらの罪を犯したために収監された犯罪者。多数決で解決しようとする側と、従わない者は暴力で制裁しようとする側と。一見、正論に思えるミゲルたちの側から、人種隔離を正当化する意見が出てくるのは、興味深い視点ですよ。

左:監督のルーシア・ムラッチ。
中央:脚本のパウロ・リンス
(『シティ・オブ・ゴッド』脚本)

T: ルーシア・ムラッチ監督は、彼女自身、70年代に政治犯として服役した経験があり、当時の経験がこの作品に少なからず影響しているそうです。また、この作品の後に撮った『Maré, Nossa História de Amor』(2007)でも、リオのスラム街をテーマにしているように、貧困とその社会構造に関心が高いようです。ここでリオデジャネイロの社会について、少し教えてください。
鈴木氏: ブラジルは貧富の差が激しい国ですが、特にリオデジャネイロは、その地形的理由からも二層間の接触が多い分、衝突も日常的に起こりやすい街といえるでしょう。世界三大美港として知られているリオデジャネイロですが、その海岸線沿いの隆起した丘の岩肌にはスラムが密集しています。

モッホの麻薬組織には
青少年も含まれる。

“ファヴェーラ”や“モッホ”と呼ばれ、行政の目が届きにくいエリアに目をつけたのが麻薬組織でした。彼らは警察からの格好の隠れ家としてファヴェーラを支配し、住民のあいだで絶対的な権力を持つようになりました。一方で、モッホの下には、世界有数の観光地、コパカバーナやイパネマがあり、この海岸沿い一帯には中上流階級が住む地域が広がっています。つまり隣接した場所に貧富の差の激しい二つの層が暮らしているわけです。

T: 作品中、現代のシーンで、ファヴェーラのバイリ・ファンキ*1に遊びに出かける娘をミゲルが必至に止めさせようとしますが、娘から“人種差別者”だと非難されますね。
鈴木氏:“人間みな平等”を謳ったとしても、“命の危険”や“息子や娘を奪われるといった恐怖心”を前にしたとき、どうのような行動を取るのか。かつて左翼運動に携わった経験のある監督だからこそ、二つの世界を隔てる壁について、真剣に向き合った秀作だと思います。

T: なるほど。『ミゲルとジョルジ』の原題『Quase Dois Irmãos』(直訳は“ほぼ兄弟” 英語では『Almost Brothers』)は、“手が届きそうで届かない、近くて遠い存在。完全な仲間にはなれない関係”というニュアンスがありますが、まさにその通り。この作品のテーマを的確に言い表しているんですね。悲しいかな、直訳ではニュアンスが伝わりきらない恐れがあるため、“二人の主人公の名前”が邦題として採用されましたが、原題の意味を知った上で映画を見ると、また違った発見があるかもしれませんね。
鈴木先生、ありがとうございました! 『ミゲルとジョルジ』の上映をどうぞお楽しみに!
 
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鈴木茂:
東京外国語大学教授(歴史学、ブラジル史)
著書に、『<南>から見た世界05 ラテンアメリカ』(共著、大月書店、1999年)、『帝国意識の解剖学』(共著、世界思想社、1999年)、『ラテンアメリカからの問いかけ』(共著、人文書院、2000年)。訳書に、ロナルド・シーガル『ブラック・ディアスポラ』(共訳、明石書店、1999年)、シッコ・アレンカール他『ブラジルの歴史』(共訳、明石書店、2003年)、ジルベルト・フレイレ『大邸宅と奴隷小屋』(日本経済評論社、2005年)。監修・監訳に、ルシア・ナジブ他『ニュー・ブラジリアン・シネマ』(プチグラパブリッシング、2006年)など。


参考文献・資料
『ブラジルの歴史』(シッコ・アレンカール 他著、鈴木 茂 共訳、2003)
Quebra Cabeça Brasil – Temas de cidadania na História do Brasil (Gilberto Dimenstein & Alvaro Cesar Giansanti, Editora Ática, 2003)

     
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